思い1

私はどこから来て、どこへ帰っていくのだろう?
 

手術

  ちょうど10年前に、甲状腺がんに罹りました。
 それとわかったのも、市の無料検診の葉書が来たので、本来、病院嫌い、また、健康にはとても自信があったのに、ふと受けてみる気になったのです。
有効期日直前の5月末、某総合病院で健康診断を受けました。
 結果は、、最後の放射線科のところで、喉の触診のあと、先生がなにやらむつかしそうな顔、、。
 フト不安がよぎったものの、まさか、何か問題があるとは思ってもみませんでした。
 なのに、その場ですぐ超音波で検査、、。
 再検査を通告され、数日後に再びレントゲン検査。
 また、その結果をみて、MRI検査、、、。
 MRI検査のときは、看護士さんでなく、先生が動脈に注射をするんですけど、その針の大きいこと!
 痛いのも然ること、その針の太さに怖気づきました。
 さらに、数日後、細胞検査をすることに、、。
 細胞検査は、硬い診察台に横になり、麻酔注射のあと、なにか器具でど〜んと衝撃があって、重苦 しくのどに針がつきさった感じ。
 これが、いちばん怖い検査でした。
 その結果が数日後にでて、「次回は家族の方と来てください。」との先生の言葉がありました。
 「えっ?まさか、、、。」
 また数日後、夫と診察室に入ると、すぐ手術の話になりました。

 一通りの説明の後、
 「早い方がいいです。」との先生の言葉。。。

 たまたま、その病院には甲状腺の専門の外科のお医者様がいたので、そのままそこで手術を受け ることになったのです。

 たしかに、後で思えば、そのころ、(連休ころ)晴れた日なのに、洗濯物を干しに外に出たら、寒 気 がしていました。
 熱があるのかなと思って、計ってみても、37度たらず、、。
 そんな日がずっと続いていました。
 そして、なんとなくだるい。。。でも、動くのは動ける、、、。
 それが症状だったのですね。
 でも、健康だと思い込んでいたから、なんだろうと思いつつ、かぜ気味かなと、気にも留めていなか ったのです。

 検査に一月あまりかかり、夏休みに入ってすぐ、手術を受けました。
 最初は2時間半くらいという話でしたけど、4時間あまりかかり、家族は手術室の前でやきもきしていたそうです。
というのは、甲状腺とリンパ節を取る際に、声帯のほうとくっついていたので、はがすのに時間がかかったそうです。

 目覚めはICUのベッドでした。
 昨日まで、元気に動いていたのに、その瞬間から身動きもしんどくてできない、、。
 もちろん、心電図やら、ドレーンを出す管やら、いろいろなものがくっついていて、、というのもありましたけど、、。

 翌朝、看護婦さんがスープをスプーンで飲ませてくれたけど、むせて一口も飲めない、、。
 「これって、、、。」
 全身麻酔・手術はからだをこんなに弱らせるものかと情けない思いでした。
 ただ、軽微の麻酔をずっとしていたので、痛みは全くありませんでした。
 1週間もしたら、個室から6人部屋に移動して、部屋の方たちと和やかに話せるようになって、ずい ぶん気もまぎれました。
 (思うようには話せませんでしたけど、、。)
 退院するまでにずいぶん仲良くなって、最後は一人一人と握手をして名残を惜しみながらの退院と なりました。
 経過は順調で3週間くらいで退院することができたのです。

 ・・・けど、声がでなくなってしまったのです。
 全くというわけじゃなくて、息で声をだしているっていうふうで、面と向かってしゃべれば通じるけど、 困ったのは電話でした。
 知らない人から、何を行ってるか分からないと言われて、情けない思いをしたりもしました。

 でも、そのころまだ子供も小さかったですし、手術前には「神様、あと10年生きさせてください・・・。」 とお願いしたりしたのですから、、、。
 今ではすっかり完治して、神様には感謝です。  
どういう経緯かは、次に、、、。

  (う〜ん、、、かみさまって、、。・・・なんとなく、かみさまなんだけど、、。そのときは。。。)
 


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